愛禅佛府とは

「禅を愛する仏たちの住まい」ドイツ普門寺

普門寺の設立のため何年も寺院にする場所を探されていた中川正壽 老師は、現在の普門寺の建物を初めて見られた時に「 ここを坐禅の修行道場にするために自分は生まれあわせてこのドイ ツに来たのだ。」いう強い思いを感じられアイゼンブッフ( Eisenbuch) という名前の村にある現在の寺院の土地と建物を購入されました。

購入後「アイゼンブッフ」 の名称はまるで初めから禅道場を開くよう運命付けられていたかの ごとく「禅を愛する仏たちの住まい」つまり「愛禅佛府」 であることに気づかれました。

「愛禅佛府」の漢字には其々以下のような意味があります。

「府」には「貴人の邸宅。屋敷。住まい」の意味。

「愛禅」とは禅を愛する、つまり禅を行ずること。

「佛」については道元禅師の著書「正法眼蔵」の中の「行佛威儀」の巻に以下のごとく示されています。

  • 諸佛かならず威儀を行足す、これ行佛なり。
  • 佛向上の道に行履を通達せること、唯行佛のみなり。
  • しるべし、生死は佛道の行履なり、生死は佛家の調度なり。
  • 了生達死の大道すでに豁達するに、ふるくよりの道取あり。
    大聖は生死を心にまかす、生死を身にまかす、生死を道にまかす、生死を生死にまかす。
    この宗旨あらはるる、古今の時にあらずといへども、行佛の威儀忽爾として行盡するなり。道環として生死身心の宗旨、すみやかに辦肎するなり。

さらに「正法眼蔵生死」の巻にはこのように教られています。

  • ただわが身をも心をもはなちわすれて、佛のいへになげいれて、佛のかた よりおこなはれて、これにしたがひもてゆくとき、ちからをもいれず、こころをもつひやさずして、生死をはなれ、佛となる。

「愛禅佛府」における「佛」とはこの意味における「佛」であり「行佛」です。

その「仏たちの住まい」つまり「道場」がこの「アイゼンブッフ」です。

 

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